スケールを歌うように弾く

 スケール(音階)の練習は単純で単調で、それゆえ嫌いだという人は多いだろう。1オクターブのスケールから数オクターブにわたるスケール。あるいは、ギターであれば、ローポジションでのスケール、ハイポジションのスケール。器楽においてはスケールは避けられない練習であり、けれどこれが好きだという人も少ない。

 そりゃ、みんな曲を弾きたいものな。

 だが、私はスケールが嫌いじゃないんだ。けれどスケールが嫌いでないということと、スケールをうまく弾けるということはイコールではない。私はただ、単調に音階を上がり下がりしているに過ぎない。

スケールができるということ

 スケールができるということは、ただ単に音階を上がり下がりできるというだけではない。確かに、一定のテンポで、一定の音量で、どの音も大きすぎず小さすぎず、むらなく、でこぼこができないように、スムーズに弾けるというのはスケールの一番最初の基礎だ。これができるということは大変に技術がしっかりしているという証拠であるが、しかしスケールができるということは、こういうことでもない。

 音量を変えながら弾いてみる。スケールの頂点に向かいクレッシェンドしながらのぼり、くだりはデクレッシェンドする。これは音楽における常套的なフレーズ処理であり自然だ。じゃあ逆にはどうだろうか。一定の音にアクセントをつけて弾けるか? 2拍ずつ、3拍ずつ、4拍、6拍、5拍ならどうだろうか。あるいは裏拍にアクセントをつけてやる。当然これくらいできないと、スケールができるなんていっちゃいかんよな。

 リズムを付けてみるというのもありだろう。付点のリズムで、それを逆に。3連と2拍の複合は難しい(まざって5連符になっちゃうからね)。こうした、いろいろなリズムを試して弾いてみると、なにも考えずに弾けると思っていたスケールが意外に弾けないことに気付く。

 スケールは実際の曲にも出てくる、音楽の基本的な要素だ。しかし8分音符、16分音符だけで弾く曲は少ない。様々なテンポで、様々なリズムで、休符をはさみながら、音量の変化、音色の違いもともないながら、いろいろなパターンが出てくる。当然、奏者はそれらに対応しなければならないが、じゃあ当然基本的なスケールだけでもこうしたことができなければならないだろう。曲の中でだったらできるというのは、スケールでならできないということだ。つまり、スケールは弾けていないといってるのと同じだろう?

スケールは歌うように弾け

 だから私は、スケールは歌うように弾けるようになってはじめてできるといっていいのだと思っている。

 最も基本的なエレメントを、最も感動的に弾けるというのは重要だ。我々は演奏の際、細々とした技巧におぼれがちで、最も単純な歌うということを往々に忘れてしまう。複雑な技巧を要求する曲なら得意にするが、シンプルな小品となればつまらなくしか弾けないというのは、表面的なテクニックで音楽をごまかしているからだ。

 我々は技術を見せびらかしているのではなく、音楽に近づく試みをしているはずだ。ならシンプルな曲でも豊かに弾けなければならない。なにげない音列から音楽性を引き出して、それを表現するのが音楽家だ。それができないものはただの見せびらかしに過ぎない。

 スケールは音楽の基本であり、最もシンプルな音列のひとつだ。ならここから音楽を弾き出せるようになって、はじめてスケールは完成するのではないだろうか。


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公開日:2004.10.03
最終更新日:2004.10.03
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