ライブラリアンへの道

月島雫さんと天沢聖司くんの出会い、今は――

 柊あおいさんの『耳をすませば』。少女漫画の古典的名作であり、スタジオジブリによって映画化もされているので、ご存じの方はきっとたくさんいらっしゃるでしょう。かつて少女だった人なんかには、今も人気の高い作品です。

 この作品が人を引き付けるのは、ヒロイン雫と、天沢聖司との出会いのきっかけ、その仕組みの妙でしょう。図書館で借りた本に見つける「天沢聖司」の名前。自分の借りる本のほとんどに彼の名前を見つけ、自然彼に興味を引かれていく雫という構図は、非常に自然で、しかもロマンティックです。

 こういう出会いに憧れ、自分の借りる本に私の「天沢聖司」を探そうとした人も多いのでは? でも、探せなかったはずです。だって、本に挟まれている貸出カードには、本を借りた人の名前なんて書かれてません。

 いや、私が借りた本の後ろには、自分の名前を書くカードが入っていた。そう主張される方もいらっしゃるかも知れません。でも、この告白は危険です。というのも、この告白は、わたしはもうおじさんあるいはおばさんであることを告白するのも同じなのですから。

『耳をすませば』の貸し出しカードはどこにいったのか?

 よく考えると、昔は確かに貸出カードに名前を書いていたのに、最近は書かなくなりました。そりゃそうさ、だって今はバーコードでピッじゃないか。カードに名前を書くなんて古くさいよ。でも、この答えは間違いです。貸出カードに名前を書かなくなったのは、貸出がコンピュータで管理されるようになったからではなくて、それが図書館利用者のプライバシーに関わる問題だからです。

カードに名前を記入する方式――ニューアーク式

 カードを使った貸出方式はブックカード方式と呼ばれ、さらにいくつかの種類に分かれます。『耳をすませば』で使われていた、貸出履歴がカードに残る方式。これは、ニューアーク式というものです。ニューアーク式での貸出方法を、簡単に追ってみましょう。

 本にはデートスリップとブックポケットが取り付けられていて、ポケットにはブックカードが入っています。ブックカードには本の名前と登録番号が書かれています。利用者はカウンターで貸出券を発行してもらい、この貸出券とひきかえに、本を借りることになります。

 ブックカードには、利用者の名前(あるいは番号)を記入し、デートスリップには返却日を記載します。ブックカードは返却日ごとにまとめられて図書館に残され、利用者は貸出券と本を持ち帰ることになります。

 以上、これが貸出の手順。返却の際には、図書館に残されたブックカードを本に戻し、本を書架に戻します。

 この方式だと、どの本が誰に借りられているかがブックカードに記載され残されているので、非常にわかりやすい。その反面、貸出履歴がブックカードに残るため、他の利用者にも簡単に知られてしまうという問題があります。特にこの履歴が分かってしまうという問題は非常に重大であるため、かつては多くの図書館で採用されていたこのニューアーク式は、時代とともに別の方式に切り替えられていきました。だから若い人は、この方式を知らないはずです。

貸出履歴とプライバシー

 では、なぜ貸出履歴が明らかになると問題なのでしょうか。

 わたしは、人に知られて恥じる本など読んでいないとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れませんが、本というものは、多かれ少なかれ、その本を読む(選ぶ)人の考え方や思想なんかを反映してしまうものです。また、ある特定の病気に関する本を読んでいることが分かったために、その人やその人の家族が、なにか病気を患っていると思われてしまうこともあるかも知れません。

 これらのことは、当然ながら、個人のプライバシーに関わる問題です。残念ながら日本では、プライバシーに関する権利に対し長く無自覚だった時代がありました。ですが、近年では個人のプライバシーに関する権利意識が高まり、それにともない、図書館におけるプライバシーの取り扱いも変わってきているのです。

 例えば、『図書館の自由に関する宣言』というものがあります。この第三条において、「図書館は利用者の秘密を守る」と明言されています。また『図書館員の倫理要領』には、図書館員の基本的態度として「図書館員は利用者の秘密を漏らさない」とあります。このように、図書館及び図書館員、図書館活動従事者は利用者に対し、あなたのプライバシーや秘密を守ります、と約束しているのです。

図書館での出会い、今は――

 図書館の、利用者のプライバシーや秘密に対するあり方は、意外と世間には知られていません。カウンターにいると、この本、今誰が借りてるんですか? と聞かれることは日常茶飯事です。そのたびに、図書館はそれを教えることができないと答えています。

 また本やテレビを見ていると、図書館員に利用記録をたずねる場面――しかも簡単に図書館員が答えてしまう――があったりして、ものすごく弱ってしまいます。原則的に、図書館がこういった質問に答えることはありませんので、これから図書館に関わる創作をされる方は、気をつけたほうがよいでしょう。

 というわけで、利用者のプライバシーを守るという観点から、名前の記された貸出カードが二人を結びつけることは、残念ながらなくなってしまいました。これはある意味さみしいことですが、でもプライバシーを守るということは、図書館、利用者双方にとって大切なことなのです。

 ところで、僕の勤める図書館は非常に古いので、ごくまれに古い貸出カードが本から出てくることがあります(しかも、名前が書いてあったりする!)。こういうときは、瞬時に処分。なにも見なかったことにしてしまいます。


関連サイト

資料

第3 図書館は利用者の秘密を守る。

  1.  読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない。ただし、憲法第35条にもとづく令状を確認した場合は例外とする。
  2.  図書館は、読書記録以外の図書館の利用事実に関しても、利用者のプライバシーを侵さない。
  3.  利用者の読書事実、利用事実は、図書館が業務上知り得た秘密であって、図書館活動に従事するすべての人びとは、この秘密を守らなければならない。

『図書館の自由に関する宣言』1979年改訂 社団法人日本図書館協会総会決議 1979年5月30日

(図書館員の基本的態度)

[略]

第3 図書館員は利用者の秘密を漏らさない

 図書館員は、国民の読書の自由を保証するために、資料や施設の提供を通じて知りえた利用者の個人名や資料名等をさまざまな圧力や干渉に屈して明かしたり、または不注意に漏らすなど、利用者のプライバシーを侵す行為をしてはならない。このことは、図書館活動に従事するすべての人びとに課せられた責務である。

『図書館員の倫理要領』社団法人日本図書館協会総会決議 1980年6月4日


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公開日:2002.01.28
最終更新日:2002.01.28
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