Lの季節

星原の場合「なぜ彼女は彼女の名を呼んだのか」を書き終えて

 2003年8月に着手、一年後2004年8月に第二章を書いた後途絶していた文書星原の場合「なぜ彼女は彼女の名を呼んだのか」をようやく書き終えた。2008年7月に完結。四年のブランクはあったが、書き終えてみるとむしろテンションの低下は感じられず、当初に予定していた以上の出来になったと思っている。

彼女の場合について

 そもそも彼女の場合という企画は、冗談企画として始まったことを白状しておきたい。トンキンハウスからリリースされたゲーム『Lの季節』にはまった私は、1999年の夏、2000年の夏を、それこそ『Lの季節』一色で過ごした。ルート100%は初年に達成している。つまり翌年のプレイはまったくの一からのスタートで、飽きずに何度でも繰り返してプレイしたものだ。私のプレイは、できるだけスキップは使わず、テキストを網羅しようというもの。それこそ物語中に語られる事象を、自分の頭の中に再構築していくような楽しみにふけっていたのだが、そのうちにいくつか矛盾があることに気がついた。大きなものなら初年に、しかし星原百合が天羽碧を名で呼んだことへの矛盾は、再プレイすることがなければ気付かなかったろう。

 矛盾やつっこみどころについては、作り手側も気がついていて、例えば鵜野杜ルートにおける沢村美都の発言などを追ってみるといい。美都が鵜野杜にぶちまける天羽の噂、あれは自虐的なギャグだろうと私は思っているのだがどうだろう。例えば勝手に教室とかのスペアキーを作っているという噂がそうだ。これは、現実界クライマックス直前の暗室のシーンをさしているのだろう。確かに天羽は、職員室や守衛室などに寄ることなく、暗室に直行して鍵を開けていた。一般の学校なら当然施錠されていてしかるべき教室を、天羽は自由に使っている。なぜか? そう、悔しいが沢村美都よ、君の憶測は当たっているぞ!

 美都の発言が保存されているのはなぜかというと、天羽に関する噂を検証してみようかという企画、天羽の場合「彼女の噂」が検討されていたからだ。少なくともスペアキーの噂に関しては証拠が出そうだ。虫の写真ばかり撮っているのも事実だろうし、コンピュータのハッキングももしかしたらそれらしい描写があるかも知れない。そして、もしこの文書が書かれたなら、こういうラストになったことだろうと思われる。ちょっと男子にチヤホヤされるのも、外見で馬鹿な男子を惑わしているだけだから――、馬鹿な男子で悪かったな! 川鍋だっていってるぞ。天羽さんはとびきり優秀で、美人なんだよ! 天羽さんに一目ぼれだったんだよ!

 シャーロキアンよろしく、物語中の記述をもとに、矛盾や疑問点を合理的に解消するという体裁をとってはいたが、実は真面目なふりして愛を叫ぶという趣旨だったんだな、彼女の場合ってやつは。天羽の場合「天羽の新聞部入部時期の謎」にしても弓倉の場合「天羽、星原との接点は?」にしても、謎解き、読解だったはずが途中で強引に天羽賛、弓倉賛になだれこむのはそういうわけだったのだ。

星原の場合「なぜ彼女は彼女の名を呼んだのか」について

 ただ、それでも、星原の場合「なぜ彼女は彼女の名を呼んだのか」についてはふざける余地がなかった。そのかわりといってはなんだが、引用を過剰といえるほどに行うことで、彼女らについてはこんなにも語ることがあるんだよ、こんなにも魅力的なんだよ、という気持ちを込めたつもりだ。誰にも伝わっとらんとは思うが。

 しかし、その肝心の文書は数年間更新もされることなく、おきっぱなしにされていた。その理由は、書けなかったからとしか言い様がなく、というのも、最初は冗談企画だったはずが、だんだんに真面目になっていった、その重圧がすごかったんだ。こんだけ引っ張っといて、しょぼい落ちだったら怒るよ? みたいなことになったらいやじゃんか。それに、二年目に書かれた第二章、星原百合、鈴科流水音、そしてもうひとりの星原、相互の関係がまずかった。あの章には不自然な節がある。星原にとっての他者としての星原百合がそれであるが、第一節のみが立てられ、第二節以降が存在しない。実は、第二節以降も予定されていたのだ。百合にとっての他者としての星原百合、鈴科流水音にとっての他者としての星原百合、幻想界における過去の星原にとっての他者としての星原百合、という三節が考えられていて、しかしいざ書いてみると、そんなに書く必要はないと気付いた。星原から見た三者について書けば充分なんだよ。しかし悪いことに、このことに気付くのに一年かかったのだ。そして文章は更新されないまま半凍結状態で置かれることになったわけだ。

 凍結状態は長かったが、それでも書き終えることができたのは、残された資料とメモのおかげだろう。例えば、精神を機能とすると、構造は何ですか? この問に言及された段落は、ほぼメモに残されていたとおりである。メモから引用してみよう。

Real 30-3「『力』」

星原「精神を機能とすると、構造は何ですか?」

上岡「え? な、何? 何を言ってるんだ」

星原「考えて、答えてください!」

上岡「……構造は……脳かな?」

 星原の問いに上岡はこう答えるが、以前の星原の記憶を保ちながら別人格を形成している星原を見ると、機能としての精神は、脳の持つ記憶とは個別に存在しているように思われる。身体を——脳をこちらの世界に置いてきてしまった鈴科流水音は記憶こそ一部を欠落させているが、精神自体は変化を伴ってはいるもののそれを保持しているようでさえある。そう考えれば上記の星原の問いの答えとしては、「魂」こそが相応しいように思える。星原は答えの内容を求めたわけではないのだろうが。

 また最終章最終節にもメモそのものの記述があった。

 混濁する記憶?

Real 34-2「開く扉」

星原「私も……上岡さん、好き……」
星原「今度は……ちゃんと……言えた」

 これは、一体どちらの百合の思いなのだろうか。こちらの世界の星原の一年前の悔い? それともあちらの世界の星原の二年前の悔い?

 これを知る手がかりは幻想界での二年前の出来事である。

 こうしたものを見るにつけ、ほんとよく残しておいてくれたものだよと、昔の、まだまめだった頃の自分に感謝したい気持ちになったもんだ。もしこうしたメモを残していなかったら、当時のテンションを呼び起こすことはできなかったかも知れない。となれば、文書が完結することもなかっただろう。

引用したかったができなかったもの

 気に入ったフレーズがある。気に入った文章がある。これら一連の文書では、そうしたフレーズ、文章をなるたけ引用しようとしていた。実は、星原が上岡の意識にアクセスしようとした場面での問い掛け、あれは無理矢理突っ込んだのだ。しかし、それが結果的によい流れを作ってくれた。この引用がなかったとしたら、心の記憶への言及はできなかった。だとすれば、身体の記憶に侵食されるというストーリーができあがったはずだ。このストーリーは望ましくはない。百合の記憶が星原を侵食するというのではあんまりだ。しかし、心の記憶という発想が出たおかげで、星原と百合が統合され、百合であり、星原であり、そしてそれが合一して星原百合なのだという結論にたどり着けた。無理矢理でもなんでも引用してみるものだと、心の底から思ったね。

 対して、引用したくてしたくて、そのチャンスをうかがい続けたにも関わらず、どうしても突っ込めなかったものがある。星原の夢の話だ。3つの月が同時に消える夢……。あの印象的で意味深な記述は、是非ともどこかにねじ込みたかった。しかし、それはかなわなかった。こういう時に力不足を嘆くのだ。犬のぬいぐるみはいけたんだけどなあ。

まとめ

 すっかり長くなってしまったが、このあたりで終えるとしよう。

 先月に予告していたように、『Lの季節2 -invisible memories-』の発売までに、なんとか思い残しを雪ぐことができた。これは、再び天羽さんや星原さんに会えるということでテンションの高まったためでもあるが、実はそれだけではない、web拍手にて文書の完結を楽しみにしていますと送ってくださった方がいらっしゃった、その言葉が後押ししてくれたのが大きかった。

 ここに感謝の意を表します。ありがとうございました。楽しんでいただけましたら幸いです。

 また、書き終えた翌日、掲示板にてコメントくださったゴッキーさん。ありがとうございました。確かに、星原さんが天羽さんを「碧ちゃん」と呼ぶシーン、屈指の名場面です。私、あの場面で涙をこらえることができません。そんな名シーンに出現する矛盾、私にはそれを演出上の要請と捉えることは到底できそうにもなく、その気持ちが星原の場合を書かせたのだと思います。とんだこじつけかも知れないし、とんだ思い込みかも知れませんけど、それでも私は満足です。

おまけ:「彼女の場合」編

星原の場合「屋上フェンスの高さ」

中庭から見える屋上フェンスは金網になっているが、過去の飛び降りの映像では柵であり、このことから飛び降りの噂を問題視した学園側がフェンスをより高いものに変更したというのが自然であろう。

飛び降りの映像:

Real 33-2「過去と秘密(2)」

上岡の証言:

「校舎の屋上。
低い手すりを背にした上岡。

 この時、一年前の屋上の風景が上岡の回想中に現れるが、肝心のフェンスは遠くてどのようなものであるかは判別できない。ただ、フェンス下部にフェンスを支えるブロックのようなものが見えるので、現在のものと変わりがないもののようにも思える。

Fantasy 17-5「回想」
 氷狩吹雪の回想中に現れる二年前の屋上は現在と同様のフェンスを備えていることも記しておく。

龍胆の場合「地学? 地理?」

 曰く付きの龍胆先生。彼女の専門教科は何なんだろうか。というのは、

Real 16-2「七角ペンダントはどこへ?」

東由利の証言:

「2人が振り向くと、そこには地学の女性教師、龍胆が立っていた。」

Real 16-3「出撃! 東由利レポーター」

東由利の証言:

「天罰だなんて、悪いわよ。でも、1時間目は龍胆先生の地理でしょ。彼女、どんな顔して来るか、ちょっと興味はあるな」

上岡の証言:

「東由利から話しを聞き終わり、上岡は自分の席に着くと、1時間目の地理Bの教科書をカバンから取り出し、机の上に置いた。

 強調は筆者による。

さらにおまけ:「好きな台詞」編

Real19-1「上岡の推理と、明日の予定について」

 天羽への口出しにおいて

『天羽の考え……』

『彼女を信じてる。僕は彼女の下僕だもんな』

 なんかちょっと違うような気がする……


鵜野杜ルートにおける沢村美都の発言

Real 44「極端な意見と状況」

沢村「クールな優等生を気取って上品ぶってるけど、実は気分屋のわがまま娘で……」
沢村「虫が好きで、虫の写真ばかり撮って、それを眺めてニヤニヤしているとか……」
沢村「それに学園のコンピュータにハッキングしたり、勝手に教室とかのスペアキーを作っている、なんて噂だってあるわ!」

鵜野杜「私……まだ碧ちゃんと友達でいたいもん……碧ちゃん、美都が言うほど、悪い人じゃないもん……」

Real 45「言い合いと言い争いの違いは?」

沢村の証言:

「裏表が激しくて、先生の前では良い子のふり、裏ではわがまま放題。クールかと思えば感情的で、すましているけど気分屋。
「成績がいいのもカンニングとハッキングのおかげだし、自分に近寄る人間はみんな道具にしか見えない。
「利用できるものは、先生だって何だって、得意のお芝居でだますのよ。人間が嫌いで虫だけが友達だからだわ。だから、
「ちょっと男子にチヤホヤされるのも、外見で馬鹿な男子を惑わしているだけだから、ほとんど女子には嫌われている。
「そんな悪い噂ばかりなのよ、天羽碧は!」

とびきり優秀で、美人

Real 09-2「七不思議に向けて」

川鍋、天羽への印象:

「いいや、彼女はちっとも悪くない。きまじめで、とびきり優秀で、美人で……。」


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公開日:2008.07.03
最終更新日:2008.07.03
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