ライブラリアンへの道

出版年:版をとるか、刷でとるか?

 図書館に本が入ってくると、まずは登録等の作業が行われ、次いで書誌が作成されます。書誌というのは、本のプロフィールといえば分かりよいでしょう。目録のうち、本のデータ(書名や著者、出版社など)が記載されている、その部分のことを特にさします。この作業は目録作業とよばれ、僕はこれを含む一連の作業を図書館裏方の花だと思っています。なぜなら、ここではじめて本は資料として体系化されるのですから。

 さて、この目録。最近では機械可読目録(MARC)が主流ですが、うちの図書館ではまだカード目録を作成しています。古くさいといってくださいますな。カードはカードで、大変味わい深いものなのです。とはいっても、その目録を作成するための規則まで古くて、ちょっと困ってる。出版年をいかにとるか、それが問題なのです。

日本目録規則

 図書館での目録作業は、大抵『日本目録規則』というものにしたがっています。というのも、これが日本図書館協会によって定められた、標準的な目録作成のツールであるとされているからです。よってうちでも『日本目録規則』にしたがって目録を作成しています。ところが、いかんせん図書館としての歴史が長いせいで、レガシーな部分が往々に顔を出します。うちで使ってるのは、『日本目録規則』は『日本目録規則』であっても、最新版じゃない。1977年の「新版予備版」にもとづいているのです。

 現在における最新の『日本目録規則』は、2001年の「1987年版改訂2版」です。なぜこの最新版を使わないのかという疑問もあるかも知れませんが、図書館における目録に複数の種類が混在していると、混乱のもとになりかねません。目録というのは、一定の書式にしたがって作成されるカタログなのですから、それがまちまちだと、目録としての質の低下に繋がるのです。つまり、過去から綿々と受け継がれた遺産があり、またそれが膨大であればこそ、それを振り捨てることは簡単ではないのです。

出版年に関するふたつの考え

 では、出版年をいかにとるかという問題に立ち返りましょう。

 出版年といえば、皆さんはどういうものと思われるでしょうか。ちょっと例を出してみましょう。いつも手元には辞書が、というわけで、三省堂の『クラウン仏和辞典』第3版の奥付を抜き出してみました。

クラウン仏和辞典 第3版

 どうでしょう。この中から出版年をとるとすれば、どれを選べばいいでしょうか? 1978年に初版が出ていますが、この辞書自体は第三版。となると、1989年になります。ですが、1992年というのも捨てがたいですね。さあ、どれをとりますか?

 この解釈が、1997年の「新版予備版」と「1987年版」では異なっているのです。

「新版予備版」における出版年

 「新版予備版」では、出版年は、その本の最も新しい刷りからとるとあります。となると、上記の『クラウン仏和辞典』第3版の例だったら、出版年として最新刷次である1992年をとることになります。

「1987年版」における出版年

 「1987年版」での出版年は、その出版物が属する版の最初に刊行された年を記録するとあります。その出版物が属する版ということは、刷次は見ずに、最新版次発行年である1989年をとることになります。

ではなにが問題なのか?

 その館で使われているのが「新版予備版」なのだったら、それに従えばいいじゃないか。それは確かにそうなのですが、僕はこの最新刷次の年をとる方式には、どうしても馴染めずにいるのです。その理由は以下の通りです。

刷次年は書誌が現物に左右されすぎる

 図書館では、ひとつの書誌が物理的な書籍一冊に、常に相当するわけではありません。複本というものがあります。人気のあり需要の高い本なんかは、複数冊所蔵されていることもまれではありません(十冊を超えることも!)。古くなったり傷んでしまった本は、再購入、補充されることも当然ありえます。ということは、それら何冊もある本がそれぞれ刷次をたがえていたら、その異なる刷次の数だけ書誌を作成するというのでしょうか?

 僕は、そんな馬鹿なことはないと思うのです。例えばJ. K.  ローリング著の『ハリー・ポッターと賢者の石』を読みたくなったので、図書館で目録を探すとします。これは人気の本なので、何冊も所蔵する図書館もきっと多いでしょう。で、検索したら、『ハリー・ポッターと賢者の石』が何種類も出てきてしまった。そんなことになったら、ちょっと混乱してしまいかねません。全部初版です、けれど刷が違うのです。それが、何枚も何枚も出る……

一般的に出版年は版次をもとに記録されている

 書評で紹介された本、論文の参考文献表。そういうものに記載されている出版年は、普通版次にもとづくものです。というのも当たり前で、そのレビュアーがあるいは研究者が参照した本の刷が、第二刷第三刷といった、版次の出版年から何年も経ったものだった場合、刷次の年を書かれたら本を探すときにちょっと厄介です。

 新刊書だった場合はとくに問題もないのですが、古い本でいくつも版があるようなものだったばあい、出版年を、同じ本と見極める手がかりとすることも珍しくありません。なので、研究者は版の第一刷出版年で探します。ところが、目録に記載されているのが刷次だったら……

「1987年版改訂2版」に移行したいぞ

 おそらく、こういう問題やややこしさがあったため、出版年に関する扱いが変化したのだと、僕は勝手に思っています。あるいは、MARCで行われているような、書誌データは書誌データで、所蔵データは所蔵データで、このふたつの異なる性質を持ったデータを別個に扱うという傾向にそぐうものに変化したのかも知れません。

 現場で本と目録を扱っていると、自分が信じる、利用者にとって分かりやすいと思えるやり方と、現実の状況がこうしてすれ違うことも往々に生じてきます。そういうときは、自分を誤魔化してみたり、書誌を誤魔化してみたりと、いろいろ小技を使ってみるのですが、やはり過去の膨大な遺産との整合性を考えると、自分が折れることになってしまいます。

 ですが、僕はもうちょっと折れたくないと思ったのです、少なくとも目録作業に関しては!

 いずれ、うちの図書館にもコンピュータによる図書管理システムが導入される日が来るでしょう。となると、一気に過去の遺産と異なる方式の書誌がなだれ込むことになります。だったら、今から最新版の『日本目録規則』1987年版改訂2版の方式に移行していいんじゃないのか? 今だって、「新版予備版」とTRCから購入するカード目録との、ダブルスタンダードになってるじゃないか。この、目録作業におけるジレンマ!

 というわけで、僕は過去の遺産をかなぐり捨てて、より新しい方式に移行したいと画策しているのであります。


ある日の書架から トップページに戻る

公開日:2002.01.30
最終更新日:2002.01.30
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。