ライブラリアンへの道

混乱する版表示

 書誌を作成するときに最も留意すべきことは、その書誌の記述内容が、対象の資料を正しく示しているか、ということに尽きるでしょう。資料を管理する側からしても、資料を探し、利用する側にとっても、目当てのものを目当てのものとして、確認できなければ困ります。

 『日本目録規則 1987年版』においては、資料を同定識別するのに必要な書誌的事項を八つあげています。この文書で取り扱う版表示も、八つの書誌的事項に含まれています(:版に関する事項)。

版表示というのはなんだろうか?

 では、その版表示というのはなんなのでしょうか。本好きの方なら、特に読むばかりではなく蒐集家としての素質をお持ちの方なら、いうまでもなくご存じでしょう。本の奥付に記されている、「yyyy年mm月dd日 *版発行」というのがそれです。また本によっては、タイトルの一部になっているものもあります。先達て紹介しました、『日本目録規則 1987年版』なんかが、そうですね。

 では、その版表示は、どういう時に変更されるのでしょうか?

版の変更=内容の変更

 版表示が変更されるのは、もちろん版が改められたときです。書籍に限らず、多くのものに版が付けられていることは、注意深く観察されると気づかれることでしょう。コンピュータソフトウェアなんかの「バージョン」。これらも、版表示の一種といえます。ですが、書籍の場合は「バージョン」ではなく「エディション」になります。

 edition)は、『図書館ハンドブック 第5版』によると、

 版とは、同一の原板を用いて、同一出版者によって刊行された刷りの全体である。

『図書館ハンドブック 第5版』(日本図書館協会,1990年),238頁。

とのこと。つまり、同じ内容を持つ本は、すべて同一の版の範疇に収まるのであり、内容に大幅な変更が加えられてはじめて、版が改められるということになります。

内容が変わらないのに版が変わる?

 ところが困ったことに、日本においての版表示は、多少の混乱を持って表示されています。手元にある本を適当に見てみると、その傾向は非常に顕著であることが分かります。

 例をあげてみましょう。

版表示混乱の例
『書を捨てよ、町へ出よう』の場合

 寺山修司の著作、『書を捨てよ、町へ出よう』を手に取ってみました。奥付を見ると、

寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』角川文庫クラシックス 角川書店,1975年。

とありました。

 出版されてから、ざっと二十年近くがたっています。ですが、その二十年の間に三十七回も版を改めたというのは、明らかに不自然です。一年に一回ないしはそれ以上も版を改め続けるというのは、普通に考えるとありえないことです。

 ただ、奥付の前に、一部を改めたという記載があります。この日付が平成四年の三月。なので、少なくとも一回は版が改められていただろうと推測できますね。

『女には向かない職業』の場合

 今度は、いしいひさいちの『女には向かない職業』を見てみます。

いしいひさいち『女には向かない職業』東京創元社,1997年。

 四年弱で23版。これも先ほどの例と同様に、混乱した版の例といえるでしょう。絶対にそうだとは言いきれませんが、おそらくこれは初版のままでしょう。

内容が変わらない増刷=刷次

 では、内容が変わらない場合(版が同じ場合)は、版ではなくなにが変わるのでしょうか? それは、刷です。printing)は、基本的に内容に改訂が加えられていない増刷を示します。ここで、「基本的に」というのは、版の改訂が行われていなくても、細かな修正(誤植、誤記の修正の類い)が行われている場合も多いからです。

 刷の例も、見てみましょう。

刷表示の例

『タイプフェイスとタイポグラフィ』の場合

白石和也,工藤剛,河地知木『タイプフェイスとタイポグラフィ』九州大学出版会,1998年。

 版と刷を示す場合は、この例のように示されることが一般的です。これだと、初版が出たのが1998年で、それ以降、大きな改訂はされていないということが分かります。

『彼岸過迄』の場合

夏目漱石『彼岸過迄』岩波文庫 岩波書店,1939年;1990年版,1990年。

 これを見ると、1990年に版が改められているということが分かります。おそらく、旧字・旧仮名の表記がえが行われたのでしょう。

 この例では、明確に版次を示されていません。

『プチ・ロワイヤル仏和辞典』の場合

『プチ・ロワイヤル仏和辞典 改訂新版』旺文社,1996年;CD付き版,2000年。

 辞書は、どこの出版社のものでも、版表示に関しては厳格です。版が変われば内容も大きく変わっており、それこそまったく違うものとまでいえる。それくらいのものですから、版次、刷次の記載は、しっかりしていて明確です。

 この例では、改訂新版及びCD付き版という二度の版改訂があったことが分かります。ただ、ちょっとややこしいのですが、辞書としては、書名に記載のあるように、これは改訂新版です。つまりこの辞書は、改訂新版であり同時にCD付き版だったわけですね。面白い例といえるでしょう。

まとめ

 一般に版表示は、辞書や研究書、専門書の類いは厳格に示されますが、小説や漫画といった読み物などはいいかげん(といえば語弊がありますが)になる傾向があるようです。

 図書館では、これら版表示を書誌的事項として取り上げる際に、明らかに版と刷を混同しているようなものは、参照しません。ですが、時折非常に曖昧で、グレーゾーンとしかいえないようなものもあって、頭を悩ませられるのです。

 研究書、専門書や参考図書は、新しい版のさらに新しい刷が求められます。これは、誤記誤植が訂正されている場合があるからです。時折、文献リスト等の充実がはかられる場合も見られます。

 対して文学書や漫画等の、蒐集対象となりうる図書の場合は、初版が高値で取引されたりしています。版次は刷次に関わらないからといって、刷を重ねた初版を「初版」とは一般に言いません。初版初刷が珍重されるといってよいでしょう。

 このように、一口に版といっても、世間に流布している版に対するイメージと、厳密な意味での版は大きく違います。一度、気にして見てみてください。え? 初版初刷しか手元にないからわからないって? そいつはうらやましい……

付録

『耳をすませば』の場合

柊あおい『耳をすませば』りぼんマスコットコミックス 集英社,1990年。

 これは、第何版でしょうか? 初版ですよ、初版。


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公開日:2002.02.22
最終更新日:2002.02.22
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