不法家宅侵入の過去

 多分まだ幼稚園だったころ、近所に子供好きのおばあさんがいて、僕と姉と近所の兄貴分は一緒によく遊んでもらっていた。おばあさんは高齢の一人暮らしだったため、室内遊びが主だった。坊主めくりはこの家で覚え、残念ながらルールの詳細はもう思い出せないが、引いてはいけない坊主なのに蝉丸だけは特別愛されていた。

 おばあさんが亡くなったのは、やはりまだ幼稚園だったころか。まだ幼かったので葬式には参列せず、玄関先から向かい三軒隣りのささやかな葬式をみていた。僕たちは人が亡くなるということを理解していて、もうおばあさんはいなくなり、あの家は誰のものでもなくなったと諒解した。誰のうちでもないのだから我々の遊び場にしようと、それが三人の結論だった。

 玄関脇の隣家との境に我々しか知らない道があって、とたんを少し押しのければ裏庭に出ることができた。このあたりの住宅はすべて同じ造りなので勝手知ったるものである。裏の出入りには鍵がかかっておらず子供たちを驚喜させた。

 家具の取り払われた屋内はやけに明るくて、おばあさんの存在感がその匂いとともに薄れていくのが寂しかったが、格好の秘密基地になった。連日入り込んでは家中走り回って遊んだ。

 いつもどおりのある日、突然階下から人の声が聞こえて我らは慌てて押し入れに逃げ込んだ。この家に買い手が付いたのだった。当然怒られるものとしおらしく覚悟を決めたが、進入経路をリークするかわりに無罪放免された。引っ越しの挨拶に見えた彼らを姉弟がどれほど怖れたか知らない。しかし秘密は守られ、父母はこの事件を十年以上たってから知った。はじめて聞かされて、内心さぞや赤面のことだったろう。

 おばあさんのうちは子供向けの学習塾となったのだが、我々にそこはもう疎遠だった。固く秘密を守った夫妻に我々は頑なで、話をした記憶も殆どない。その家の敷居をまたがぬどころか、足を向けようと思いすらしなかった。


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公開日:2003.08.07
最終更新日:2003.08.07
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