シリーズ ぶらり北海道

第一日:札幌

北海道札幌市一日目行程

木曜日
大阪国際空港新千歳空港→JR札幌駅札幌市街散策→狸小路すすきの→新ラーメン横丁→味の時計台札幌大通り公園札幌市時計台ミュンヘンクリスマス市 in Sapporoさっぽろテレビ塔サッポロファクトリー

いこうよ!おいでよ!札幌

 年末になれば旅行と決めているわけではありませんが、今年もなぜか年末に旅に出ることと相成りました。行き先は北海道! イタリア香港をめぐった昨年に比べればささやかではありますが、でも国内旅行も楽しいものであります。冬の北海道、果たしてそこはどのような地なのでしょうか。

 なお、一言断っておきますが、北海道は特に眼鏡において重要な地ではありません。じゃあ、なぜ北海道なのかという疑問もあるかも知れません。まあ、なぜ北海道なのか僕にもよく分かりませんので、そこはそれ、考えないほうがよさそうです。

大阪国際空港にて機上の人に

 イタリアや香港には関西国際空港から旅立ちましたが、今回は大阪国際空港からの出立です。実をいいますと、過去に三度ほど飛行機に乗りながら大阪国際空港を利用するのは初めて。そういえば、初めての飛行機も北海道行きだったのですが、なぜかその飛行機は関空発で、やたら長い時間をかけて空港まで行った記憶があります。ですが、今回は大阪国際空港。やっぱ、街中にある空港は楽でいいですね。関西空港なんて、空港に着くまでがもうすでに旅という感じですもの。というわけで、楽々空港に入場するのでした。

 国内旅行ですから出国審査やらがないというのも楽々です。さすがにゲートを通ってX線を浴びる必要はありますが、僕はもうここでひっかかるようなことはないのだよ、とか思ってたらひっかかってしまいました。首から下げてた、デジカメのボールチェーンが原因でした。

 さて、乗る飛行機はどれだろうと思って探していたら、どうやら乗降口のそばに停まってるのがそれらしい。でも、乗る飛行機がわかったのはいいんですけど、機体に「いこうよ!おいでよ!沖縄」とか書かれてるのはなんでですか? これからいくのは北海道だというのに! さすがにちょっと変な感じの出発なのでありました。

証拠写真

新千歳空港到着、札幌市街へ

 大阪から北海道までといえば、昔であればこそ大旅行だったでしょうが、今となれば飛行機で二時間からない距離であります。それこそ、新幹線で東京に行くよりも早く着けてしまう。山本夏彦を読み終え、次いで向田邦子など読みながらの機上。座席こそは少々窮屈ですが、コーヒーも飲めるしなにより寒くもないしで、快適な移動でありました――、嘘です。僕は飛行機が嫌いです。水平飛行中はよいのですよ、まだ。でも、あの離陸と着陸がいけない。実に三半規管的にまずいのですよ。酔いこそしませんが、ちょっとふらふらします。だから本もほとんど読めなかったね。でもコーヒーは何杯かいただきましたとさ。

 空港が近付いて高度がぐんぐん下がりますと、北海道の大地がもう、すぐ目の下に見えてきます。すると、意外や意外、雪が積ってないのです。北海道たるや雪の原野、と思ってたわけでもありませんが、ちょっとは期待していたのです。まあ北国だからといって雪ばかりと考えるのも、単純すぎる思い込みでありますな。

 新千歳空港から札幌への道程は実にスムーズです。空港の地下にはJRの駅があって、鉄道に乗り継ぐのも楽々。札幌までは三十分強。車窓から北海道の街並みをぼうっと見ながら、整然と立ち並ぶ家々に、やはり北海道は土地に余裕があるのだな、区画がゆったりとしていると思ってみたりして、しかし不思議なんですね。というのは、豪雪地帯である北海道なのに、屋根が平らな人家がやたら多いのです。普通豪雪地帯では、屋根の傾斜を強くして雪に家屋が押しつぶされないような工夫があるはずです。でもそれがないので、思ったよりも札幌辺りは雪が降らないのかも知れないなどと思ったりして、けれど『動物のお医者さん』では屋根の雪降ろしをしていたよななど思っていたらば、家々に屋根に上るためのはしごが付けられているのを発見。やっぱり雪降ろしの便は考えられているようです。

 札幌が近付くに連れて、だんだんに街が大きくなってゆくのが分かります。人家の建ち並ぶ風景は、工場や大きなビルが並ぶ市街に変わり行き、列車が札幌駅に到着しました。雪が積ってないといってもさすがに北海道です。プラットホームに一歩出れば、寒いのなんのって。やっぱり外気温は関西の比ではありません。顔がこわばりました。急ぎ駅構内に降りるのですが、どうしてどうしてターミナルビル内も恐ろしく寒い。これが北海道かと、恐れ入りました。

 ともあれ、こうして北海道での逗留地、札幌にたどりつきました。いよいよ旅の旅らしく始まろうという地です。

札幌市街散策その一――JR札幌駅から狸小路商店街へ

 飛行機や電車の窓からでは分からなかったのですが、実際に街中を歩いてみると、結構そこかしこに雪が残っていて、やはり北海道だ、雪も降るのだと妙なことに安心したりするのでした。けれど、こういう残って凍てついてる雪というのは、我々内地の人間にとってはちょっと危ない。慣れないものだから踏めば滑りそうで、足下を気にしい気にしいホテルへと向かうのでした。

 でも雪が残っているといっても、道の隅とか生け垣、地面が露出してるところなど、極わずかの部分だけで、さすがに北海道だけあって雪対策は万全なのだろう。感心です。またまた感心するのは、北海道の街路は東西南北、座標の目のごとくに走っていて、地名も北一西二みたいに、合理的でものすごくわかりやすいのです。京都も碁盤の目だなんていいますが、さすがに古い土地だけあって北海道ほど整然とはしていません。それに、住んで慣れていれば三条高倉とかいわれても分かりますが、初めての人にはそんなもん分かりませんがな。その点、北海道の方が合理的なのであります。そういえば、昔行った帯広もそうだったっけかなあ。

 理路整然とした街だけあります。ホテルへは迷うことなく無事到着。途中、素敵な喫茶店を撮影したりして、でもあんまり寒いもんだから、古カメラの樹脂製ストラップが固まってしまって棒みたいになってるの。全然曲がりません。ストラップが寒さに凍えるように人も凍えてしまっていて、もう冷や冷や寒む寒むとホテルのロビーに転がり込めば、そこは別天地ですよ。いやあ、寒い土地は屋内が暖かです。内と外のギャップがすごすぎて、ちょっと順応でけん。

 さて、ここで重要な買物。実はカメラのフィルムがなかったのですよ。カラーは持っていたのですが、白黒のフィルムがなくって、どこかで調達しなければならない。空港で買うはずだったのですが、大阪空港ではどこも白黒フィルムを置いてなくって、仕方がないので現地で買うしかなかったのです。札幌は都会だから、大抵のものは手に入ります。フィルムなんて現地調達のうちに入りません――、とか思ってたら、意外と買うのに手間取ってしまいました。

 最初は、ホテル近くにあるサッポロファクトリーに入っているコニカプラザで買うつもりだったんです。けど、残念ながらそこでは白黒フィルム置いてなかった。駅前の大型店になら置いてますよといわれたんですが、もう駅前になんて戻りません。というか、ものすごくお腹空いてるので、早く食事に行きたかった。白黒フィルムはこの際後回しで、さっさとラーメン横丁とやらに向かいたかったです。

 なので札幌市街をすすきのまで突っ切ります。途中には雪掻き用のプラスチックシャベルの置かれた駐車場、札幌テレビ塔、二条市場、そして凍りついた川! と、北海道の情緒あふれるものが一杯。さらには働き者のお嬢さんが寒空の下ミシンを踏んでいたり、北海道満喫ですよ。いや、でも実際、凍った川には心底驚きました。関西じゃ、流れる川が凍るなんてこと、普通じゃ考えられませんから。

 しばらく歩けば、狸小路というのにさしかかりました。ここは商店街になっているので、白黒フィルムの調達もできそう、と思っていたらものすごい人に出会ったんですよ。ちょっと聞いてください。ほんまにすごいんです。なんとNHKがロケをしてましてね、ほんでそこに、どーもくんがいたんです(しかもちょっとクリスマス仕様)。

 うわぁ、どーもくんや。さすが札幌や(意味不明)。手ぇ振ったれ。わー、手ぇ振り返してくれてる。握手しとかな、握手。写真も忘れたらあかん。とまあ、ロケというシチュエーションを無視しまくって、どーもくんにフィーバーしてしまったんですわ。いい大人が。迷惑も顧みんで。

 一般の人ならどーもくんじゃなく、中継する女性アナウンサー氏にこそ興味を持つのかも知れません。すんません。僕、一般の人じゃないです。女性アナウンサー、どんな人かも見てませんでした。もし狸小路でどーもくん相手に大はしゃぎしているみっともないひょろをテレビで見たという方いらっしゃたら、そいつ、多分僕です。ああ、あの阿呆丸出しの馬鹿がこいつかと、暖かい目で見守ってやってくださいまし。

 旅の恥はかき捨てと申しますが、こうして残る恥もあるわけでして、いやはや人生というものは難しゅうございます。わたし、いくつになっても失敗ばっかりですわ。後悔はしてませんが。あ、そうそう。白黒フィルム、ちゃんと買えました。札幌、なんでも売ってます。

札幌すすきの新ラーメン横丁味の時計台

 フィルムを買った店の前、広告を配っているお嬢さんにラーメン横丁への行き方を聞いたらば、実に親切に教えてくれたのでした。うん、北の人は親切です。いわれた通りに歩いたらば、いわゆるすすきのなんでしょうか、すすきの交番の看板すぐ脇に開いた細い路地様のラーメン屋ひしめく一画にたどりつきました。どうやらここは新ラーメン横丁と呼ばれるところらしい。元祖のラーメン横丁が好評なので、新しいラーメン横丁ができたのでしょう。入ってみました。

 そしたらば、四店舗くらいラーメン屋が入ってたのかな、一番手前の店から人が飛びだしてきて、いきなりの呼び込みですよ。こちらはどんな店があるのか分からんのだから、取りあえず一通り見ようと奥に進むのですが、進むたびに新しい人が飛びだしてきて、猛烈な呼び込み合戦。正直のところ、静かに選ばせて欲しかったです。

 とまあそんな感じで奥まで行って、戻ってきたらば、やっぱり呼び込みがすごい。お帰りなさいお帰りなさいの連呼、というか、あんたら僕の挙動を見張っとったんかい。いや、実際にちゃんと見てたんでしょうね。ともあれ、味の時計台という店に決定しました。理由は――、特にありません……

 店には客が居らず、こじんまりとした店内のカウンターに席を占めました。ざっとメニューを見て、いつもは1,500円というホタテバターコーンラーメンが今だけ1,200円になってるとか、それに決めました。

 注文を出したら、学生らしき団体がぞろぞろと入店。やっぱり三時をまわってるだけあって、ピークを外れていたのでしょう。店が空だったのは、どうやら一時的のものだったようです。

 さて、肝心のラーメンはといいますと、僕にはちょっとあわんかったかなという感じ。ホタテなしで、バターコーンラーメンにしておいたらよかったかも知れない。麺が太めなので、食べた感じがぽってりとしてもっさりとして、香港で食べた極細の麺のが僕にはあっていた。でもまずいということはないんですよ。コーンもたっぷりはいっていて食べごたえはかなりのもの、対してスープは薄味なので、もたれるということもなさそう。おいしかったです。

 ともあれ、これでやっと空腹がおさまりました。ラーメンもおいしかった。さあ、次は本当の時計台でも見に行くか。

札幌市街散策その二――雪の札幌大通り公園

 すすきのから札幌大通り公園へ向かう道中、次第に日暮れてゆくそのあまりの早さに、さすがに札幌は高緯度地域であると改めて思うのでした。今はまだ四時を過ぎたところなのに、街はもう薄暮から夕暮れに迫って、車のランプも煌々と幅広の道に並んだのです。道の両脇には電飾に飾られた木々がずらりと、一体どこまで続くというのか、はるか向こうへと消えてゆきます。そして路電も走っている。緑の車体の小さな二両続きが、道路上のプラットホームに停まっては人の乗り降りを済ませ再び発車するを見送るに、しばし情緒の深さに思いいたっては、京都に路電が失われたことを惜しむのです。

 路電の終着駅を越えようとした頃から雪がちらちらと舞い初めました。これもまた北国の情緒であると喜んで空を見上げて、しかし寒さにはかないません。ダッフルのフードを深くかぶって、マフラーを少し引きだし気味に、首もとから口を覆うように身を縮こまらせました。当然カメラのストラップはかちかちに固まって、棒のようになっています。写真を撮るたびに煩わしいストラップ、手袋を外すのもいちいち指先が凍えて、写真の枚数が減ってしまったのが残念です。それでも折に触れてシャッターを切ろうとすれば、メカニズムのどこかが凍りついたかこわばったのか、レリーズが軽くおりない。旧式のカメラが壊れるのではないかと恐れたその日は、氷点下六度を記録していました。

 札幌大通り公園に入ると、街灯の緑色光があたりを照らしていて幻想的な光景です。先ほど降り始めた雪は次第に足を強め、向こうにはテレビ塔も見えています。テレビ塔に近付いていけば、電飾のオブジェも見えてきて、幻想的空間から人間的世界に戻ってきた思いがしたものでした。

 テレビ塔がいよいよ間近になってくると、あたりは緑色光ではなく暖色光源に照らされたにぎやかしさに一変します。その明かりの中に、NHKのクルーがカメラをオブジェに向けているのを発見しました。一人がカメラをのぞき、携帯テレビを持った一人がカメラマンに指示を出しています。テレビの中ではキャスターがニュースを読んでいました。おそらく生中継なのでしょう。一人、アシスタントディレクターなのか、通行人がカメラに見切らないよう整理をしています。カメラマンは、雪片の張り付いて凍えたレンズを時折拭いていました。

 その光景を、テレビ画面の見える位置から見守っていました。ニュースが終わりに近付いて場面が転換する間近になると、秒読みが開始されました。秒読みのゼロで、画面は電飾オブジェに切り替わってズームアウト、テレビ塔を中心とした札幌大通り公園光景でもって転換しました。

 以上で撮影は終わり、撤収です。「いつもこういうふうにして撮影は行われます」と、ディレクターと思しきおじさんが挨拶。今日はNHKに縁があると、NHK好きとしてはかなり喜んだのでした。

 そろそろ時計台が近付いてきたころ、公園にはうっすらと雪が積もっていました。あまりに寒いために、雪は地面で融けずにそのまま残るのです。氷点下六度という気温は、電光掲示で確かめたこの時点のものです。あまりにも寒く、雪の冷たさも厳しい。そんな折りに、ミュンヘンクリスマス市とやらが立っているという看板を見つけました。ミュンヘンか、面白そうと思いつつ、これは時計台の次にと後回し。一旦左に折れて道路に出てゆくのでした。

札幌市街散策その三――札幌時計台を仰ぐ

 時計台は、大通り公園を外れて少し歩いた、目と鼻の先に位置しています。そんなわけで、ものの五分と歩かぬうちに、時計台にたどりついたのでした。それは、いいんです。それはいいんですけど、雪が、雪がものすごいことになっています。さっきまではちょっと強いかなあと思ってたくらいの雪が、とんでもない吹き降りみたいになって、道がもう真っ白になっています。信号で止まろうとしたタクシーが、タイヤをロックしたまま一メートルくらい滑るのを目の当たりにして、冬の北海道で車は乗りたくないと心から思ったものでした。

 時計台に到着しました。道路を挟んで、とりあえず写真撮影。もうあたりはすっかり夜なので、撮影はそこそこに切り上げます。だって、寒いんです。レリーズは凍ってひっかかるし、レンズは雪にたかられて真っ白だし、それにカメラの金属部分が恐ろしく冷たい。とにかく時計台を見ようと、道路を渡りました。

 けれど、時計台ってどこを見ればいいんでしょうね。一通り時計台の周りをめぐって、見上げて、やっぱり写真撮って、もう時計台はこれでいいや、しっかり見ました。さっさと引き上げて、ミュンヘンクリスマス市へと急ぎ足で向かいたい、というか寒いので、早く暖をとりたかったのでありました。

札幌市街散策その四――ミュンヘンクリスマス市 in Sapporo

 大通り公園のテレビ塔近くに一画を区切って、そこがミュンヘンクリスマス市の会場でした。札幌市とドイツのミュンヘンは姉妹都市なのだそうで、それゆえのお祭り市場なのでしょう。小ミュンヘンができあがっていました。

 小さな広場に幾つもの店舗が並んで、日本人がいます、ドイツ人もいます。そうかドイツ人がいるのか。こうなれば語学マニアの僕は、ドイツ語で話しかけたくって仕方ありません。あ、見ればグリューヴァインが売られているじゃないか。Glühweinというのは、赤ワインを温めて味付けをしたもの。この吹雪の真っ直中、寒さに震える身にはうってつけだと駆けつけ、見るからにドイツ人のおじさんに話しかけました。

Guten Abend! Ich möchte einen Glühwein.

 通じましたよ、一発で。おじさんの言うにはどうやらワインだけとカップ付きのものがあるそうで、カップ付きのものは、その飲んだカップをお土産にもらえるのです。じゃあカップ付きが欲しいや。カップにはミュンヘンクリスマス市の名前が入っていて、クリスマスツリーがモチーフになってる。けど謎なのは、日本語はいいとしても英語で “GERMAN CHRISTMAS MARKET” というのはいかがしたものか。なんでドイツ語にしなかったのだろう。

 ともあれ、僕はこのカップがやっぱり欲しいのです。だから、Mit Tasseと言ったんだけど、発音が今から考えると間違ってた。ミット・タッスじゃなくてミット・タッセが正解。タッスだとフランス語になります。

 このやり取りを聞いていたおばさんが、英語で話しかけてきました。どうしたんだろう。このどう見ても日本人のおばさんは、実はドイツ人なのだろうか。ちょっと戸惑って英語でやり取りして、でも発音が日本人なものだから、日本語通じます、京都から来ましたと言ったら、笑って、ドイツ語で話しかけてたから、外国からの人かと思ったとのこと。その場にいた皆がひとしきり笑いました。

 店の前でグリューヴァインを飲んでいたら、おじさんがソーセージをくれました。熱々で油の滴るソーセージは、ほどよくハーブの香りが利いて実においしかった。ありがとうおじさん。ダンケダンケ。けど、グリューヴァインはなにで味付けしてるのか聞いたら、それは秘密なんだそうですって。ううむ、残念だ。けど、今度はプレッツェルをくれました。ダンケダンケ。にこにこして、実にいいおじさんでした。

 小ミュンヘンを一周り。食べ物以外にも燭台やビールジョッキなんかも売られていた。けどこのたった一周りの間に雪の降りはもう想像を絶するほどにまでなって、どかどか降ってくる、大慌ての店の人たち。とりわけ慌ててたのは、レース編みを売っていたお店でした。店先の台に並べられたレース編み。ただでさえ薄くてただでさえ白い商品が、あっという間に雪に埋もれて、なんにもないみたいになってる。店の人は慌てて雪を払い、大変ですねとまたちょっと交流ができて嬉しかった。今度は日本人のお姉さんでした。急な雪は、札幌の人でも慌てるのですね。

 楽しくて面白かった小ミュンヘンですが、こうも雪がひどいとゆっくり見るなんてできないし、なんと言っても寒くて辛い。ここは撤退の一手です。楽しかったよ、ミュンヘンクリスマス市。ダンケダンケ。さよなら、アウフビーダーゼーエン。いつかまた会いましょう。

札幌市街散策その五――寒くて死にそうテレビ塔へ逃げ込め

 だんだんと激しさを増す雪は、ミュンヘンクリスマス市をぶらぶらしている最中に最高潮に達して、今やとんでもない降りです。気温は氷点下六度、風は横殴り。寒さでもう死にそうだ。なのでさっぽろテレビ塔に一時避難。駆け込むように暖かい屋内に入ったのでした。

 でもいきなり暖かいところに入ってはならんのです。というのは、服もなにもかも雪まみれです。けれどもあまりに外が寒いものだから、雪が融けないでそのまま表面に残っているのです。それを払わずに屋内に入ったなら、当たり前ですが解けた雪で水浸しになれるという特典付き。だから吹雪の中で払えるだけの雪を払って、でも服以上に気を使うのはカメラでして、コートの下に抱えたカメラの表面に付く雪をとにかく除去してからテレビ塔屋内に進んだのでした。

 やっぱりカメラは精密機器なので、水は避けたいのです。

 テレビ塔ビル一階には、同様に吹雪を避けて暖を取る人たちが山のようにひしめいていました。時期柄か女子高生の姿が目立つ。きっと修学旅行なのでしょう。この寒さの中に短いスカートに素足というのが、彼女らのおしゃれへの執念なのか、あるいは北海道の寒気を甘く見ているのか、おじさんにはもう信じられない極地なのであります。見るからに寒そうだから、とにかく暖かい格好をして呉れろと思う次第。思うだけで口には出しません。おじさんはシャイなのです。

 あまりの雪の降りようにカメラはここで始末しました。この降りのなか、しかも夜間によい撮影ができるとは思えない、というか寒くてそんな気になれようもありません。なので今日は写真はもう終了。というか、もうどこに行く気にもなれない…… ご飯どうしよう。夕食には炙屋に行きたかったのだけど、今日はそんな気になれないです。仕方あるまい、ホテルから地下道でアクセス可能なサッポロファクトリーでどこかに決めよう、そうしよう。

 とかなんとか言ってる前に、この雪の中を帰らねばならないのでした。内地のものにこの雪は正直つろうござるよ……

札幌市街散策その六――ホテルに帰還、地下通路からサッポロファクトリーへ進入

 大雪の中、途中何度も雪中に力尽きようとしながらも、やっとこさホテルに帰り着くことができました。気分はすっかりシューベルト『冬の旅』です。なにが言いたいのか、自分でもよくわからないのですが、とにかく寒いのが辛かったという思いばかりです。

 自室に戻ると、カメラやなんか、とにかく荷物をすべて下ろして、表面に融けた雪を拭き取ったりしながら、でもここで座ったら絶対に動けなくなると思い、意地でも靴脱がず椅子に座らずで、あわただしく部屋を飛びだしたのでした。いや、別にそれほど慌ててはいなかったのですが、気分だけはそれくらいの覚悟であったということと理解していただけるとありがたいのであります。

 さて、ホテルの地下に用意されたサッポロファクトリーへと続く地下通路にやって来ました。意外と殺風景で、本当に通路という感じ、いやむしろ関係者用通路と言った感じか、と思っていたら、途中にフィットネスジムへの入り口、そして地元の子どもたちが彫ったと見られる、味わい深い木製レリーフに囲まれた一帯もあって、一概に殺風景ばかりとはいえないのでした。

 地下通路を出ればそこはサッポロファクトリー内、というほど甘くはありませんでした。地下通路を出れば、そこはサッポロファクトリー前だったのです。しまった、コート脱いできちまったよ。ジャケットの身に北の夜は厳しい。急いでサッポロファクトリーに飛び込みました。

 サッポロファクトリーの構造は、一番手前にレンガ館、中庭を挟んで本館となっております。レストランは本館の方にあるようで、つまりもう一度寒風吹きすさぶ中に出ていかねばなりません。中庭に出ればそこにはクリスマスの飾りが! 飾りというのは、煙突を上るサンタクロース。ただ煙突に取りついているだけじゃなくて、電気仕掛けで昇り降りを繰り返しているという凝りようです。サンタクロースのほかにも、動く電飾トナカイオブジェがそこかしこに配置されていたりして、今がクリスマス期間であることをこれでもかと主張していました。

 しかし、飾りを鑑賞している余裕はないのであります。寒いのです。早く暖かいところに行きたいのです。と急ぐ僕の前に立ちふさがる人影がありました。それは――、女子高生達でした。

 女子高生と言っても、別に特筆すべき出来事なんかはありません。修学旅行中の彼女らです。写真を撮って欲しいと、そういう理由でした。

 はいはい、写真ですね、撮りましょう撮りましょう。僕はよほど人がよく見えるのか、よくこうやって写真を頼まれるのです。女の子は七八人もいたでしょうか。それをカメラを渡されるままに連続撮影、ってカメラが人数よりもずっと多いのはなんでですか?

 カメラには、普通のコンパクトカメラからレンズ付きフィルムの類いもあって、そしてチェキとかいうんですか? 円い、どっちが上かよく分からないのもあって、さすがにチェキだけはどこをどうしたらいいのか教えてもらった。おじさんは流行りのものは分かりません。

 写真を撮っていたらば、次々と女子高生がやってきて、なんですか、ここは撮影会場ですかといった様子です。こんなじゃいつまでたっても、撮影が終わらんじゃないか。でもおじさんは頑張ったんです。寒さに震えながらも、手ぶれないよう気を配りながら連続でレリーズし、その間にちょっと会話などしてしまうのでした。

――修学旅行やんな、どっから来たん?

――宮崎!

――寒ないのん?

――寒いー!

 やっぱり彼女らも寒いようです。京都から来た僕が寒いんだから、もっと南の九州から来た彼女らはずっと応えるだろうなと安心しながら、撮影終了。彼女らは口々にお礼を言うと、駆けていってしまいました。

 残された僕はというと、寒さにこわばってしまって、茫然と手を振るばかりでした。

 若い子は元気やねえ――。

サンタクロース目撃証拠写真

サッポロファクトリーにて羊肉を食べる

 今を爛漫と生きる女学生たちと別れて、僕はとにかくなにか食べたいとお店を探すのですが、サッポロファクトリー内にはあまりぱっとした料理店というのがなくてちょっと困りました。あるにはあるのですがファーストフード店とかファミリー向けのレストランとかが目立って、ちゃんとした店ももちろんあったのですが、できれば内地では珍しいものを食べたいじゃないですか。葛藤しながら入ったのは、最初入るのに躊躇したファミリー向けっぽいレストランでした。

 案内された席がちょうど階段の真下に当たるというのは複雑な気分です。ですが、その日ちょうどやっていた電子オルガンのステージが見えるというのはちょっとよかったかも知れない。やたら大音量というのはあれですが、でも子どもが一生懸命弾いているふうで見ている分には悪くなかったのです。

 頼もうと思ったのは鮭のちゃんちゃん焼と羊肉の焼いたものだったのですが、残念なことに鮭は冬の夜をさまよっている間に売り切れてしまっていたのでした。仕方がないので羊肉の鉄板焼きをオーダー。後はもう適当に、北海道らしそうなものをピックアップ。そりゃ例えばじゃがいもとかさ。でもちょっと居酒屋飲み屋風の印象は否めません。

 飲み屋風とはいいましたが、むしろここはビヤホールでしょう。サッポロビールの直営なんでしょうか。北海道限定醸造ビールを飲むことができて、しかもそれが工場直送だなんていわれているんですから、食べるよりも飲むほうに頑張りたくなってしまいました。てなもんで次々と地ビールを注文ですよ。

 地ビールにはハリー、クラーク、開拓使ビールの三種があって、後ひとつは発泡酒のハスカップ。順々に地ビールを頼んで、ハスカップルビーは人のを奪って飲みました。ハスカップは軽くてなんだかジュースみたいな感じがします。物足りない。というわけで一番おいしかったというのがクラーク。ちょっと癖が強めで重い感じのビールでしたがそれだけに飲みがいがありまして、後口も充実しています。

 ここでクラークもう一杯、といければいいんですが、残念ながら僕はそんなに多く飲める口ではありません。もう少しいけるというところを泣く泣く断念して、食事も一通り済めばホテルへ帰ろうかという話にもなるのでした。

 ちなみに、地ビールは飲み比べのための小さなセットが用意されているのでした。まずはそれで味を確かめてから、好みのものをどしっと飲めばよかった。今度行くことがあれば、そうしたいと思います。過ぎたるはなんとやらですが、おいしいものはやっぱりふくよかにたくさん飲みたいのが人間です。

ホテル一日目の夜

 札幌の冬の夜はいうまでもなく氷点下の厳しい寒さなのですが、屋内はしっかりと暖房されており、寒いなんていうことはまったくありません。だもんでホテル室内では、すっかり軽装になってくつろげて快適でした。

 ホテルのテレビはCSかなんかも入るようになってまして、風呂の用意の間にくるくるチャンネルを回していたらうる星やつらとか聖闘士星矢とかやってて、不覚にも見入ってしまうという体たらく。今こうして見直してみると、昔のアニメってやっぱり面白いんですよね。うる星なんてどうしようもないどたばたなのに、それでも今のものよりも活き活きしている。聖闘士星矢にしても然りです。

 風呂から上がってみれば、今度は第二次大戦もののアニメなんかをやっていて、これはさすがに新作だかなんかみたいですね。でもそれが僕の知っている歴史とは違い、日本海軍がなぜかドイツ軍と砲撃戦なんぞを繰り広げて、ははあこりゃ多分架空戦記物だろうと思うまではよいのですが、かつて悪名高きナチスと手に手をとって戦った歴史をねじ曲げて、ナチスと戦うヒロイック日本みたいにしてしまうというのはどうしたものかと。ちょっと複雑です。

 架空戦記物に次いで、今度はなんだか女の子が山盛り出てくる腰の砕けたふうなのが。多分宇宙人なんでしょうが、しかもお姫さまなんでしょうか、それが銭湯に住んでいるんですか? そりゃ舞台が銭湯ならいっぱい裸を出せて視聴者サービスも満点ですな。時間ですよが視聴率を集めたわけだと設定の妙に感心しながら、明日も朝早いとそうそうにテレビを消して寝ちまいました。

 明日は小樽。かの菱沼聖子の故郷であります。


>

日々思うことなど 2002年へ トップページに戻る

公開日:2002.12.16
最終更新日:2003.02.20
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。