先日見た夢

 夢十夜に影響されたわけではないのですが、先日見た夢の話です。

 少年が三人、大きなロボットに乗りこもうとしているところに、街の人たちが集まっている、今まで人に知られることなく戦ってきた少年たちが、最後の戦いにおもむくところを見送りにきたのだ。ロボットが宇宙へ飛びたとうとするとき、一人の男が手をさし出した。その手には透明な糸の切れ端がのせられている。その糸は細くしなやかに光っていたが、またよれよれであった。糸に興味をもった人たちはそれが何なのかと考えを出しあいはじめ、多くの人の目が糸をもった男の手に向けられた時、足元から犬が一匹飛びだした。この街を、この一年、数ヶ月前から、うろついている犬が、街の人たちのその目の前で、にわかに空にかけあがり、光る人の姿に変わった。彼は、地球のものではなかった。彼は言った、

「それは絆とよばれているものに極めて近い」。そして、ロボットの飛び去った跡を追うように、飛びすさりながら、振り向きざまに、左手にした銃様のものを群衆に向け撃った。制服の男子学生と女子学生の間にはられる絆の糸。

「彼らのために、この絆をこの世界のなるたけに、はりめぐらせてほしい」

 彼の願いを聞いた人たちは、二人の学生に目をうつした。おそるおそる触れられひっぱられる糸は、しっかりとはりを保ちながら、しなやかに伸びている。人々はその糸を伸ばし、おそるおそる、人へ人へとつないでいく、確かに強く、細く、しかし物理的力では決して切れることのないその糸を自分もうけとり、自宅へとひっぱりながら、各部屋をまわり、家族へとつなげていった、そして父に糸の話をしたのだった。

 今に糸は世界のくまなくにはりめぐらされるだろう、彼の望んだとおり、そして宇宙へと行った少年たちはきっと帰ってくるだろう。

 一寸の誇張もなく、本当にこんな夢を見たのです、馬鹿馬鹿しくも本当なのです。

平成十年二月二十五日(水)


きづな

 二月二十五日の夢の話の続きです。

 我々は、光る人のいったとおり、今や世界中くまなくに網の目をはりめぐらせることに成功した、それは電話であったり、無線であったり、最初は手間も時間もかかる人の手による手段でしかなかったものから、それこそ場所を超越し、時間も手間も最小限にまで切りつめて、個人が個人と直接につなぎあわされるまでに到った。我々は世界のあらゆる地点からでもあなたに言葉を、今この同じ時間に、伝えあうことができるのだ。勿論個人でできることには限界がある、しかしこの数年かの進歩は個人を放送局に、無線の中継基地に匹敵するほどにまでに、コミュニケーションのためのテクノロジーを身近に安価に、そしてなによりも強力にした。

 では、それでは光る人の願いはかなえられたのだろうか。たしかに、我々の間には伝達のための網目、手段ははりわたされた、だがそれは絆といえるのか。「乗り物は速くなったが、人は孤独になった」とチャップリンは言った、技術は進歩し、人は孤独の中に住まうようになった、チャップリンの時代より半世紀分進歩しただけ、我々は深い孤独の中にうちひしがれて生きている。人々は手に手にコミュニケーションのための手段を持ち、行使し、世を楽しみに彩り、孤独をうちはらって生きている。我々の間には孤独や寂しさなどまるで存在していないかのように見える、だがコミュニケーションの網目から切り離されたその瞬間に、いいしれない孤独に陥るのだ、そこには誰も、誰もいない。

 人との伝達の手段に、特に遠く離れた人との手段に、乏しかった時代、当然のことながら、連絡をとりあうことは困難なことであった、遠く離れて一人、頻繁に手軽に思うこと感じたこと想いを伝えあうこともままならない。しかしそれが絶対の孤独を必ずしも生むというわけではなかった、どこか心につながるところがあった。それを絆というのかもしれない、相手がどこにいようとも、どうあろうとも、あらゆる手段、距離、時間を超えてつながっていると感じられる、たとえ便りがなくともそれを便りとできる、それが絆といえるのだろう。絆は手段ではない、絆は心の作用なのだ。それは物理的な力では決して切れることのない、それは微力だが強靭だ。

 世の中はバランスで、技術が進みコミュニケーションの手段が増え強まると、より原始的なつながりである絆は弱まった。技術の発展と人の心はうらはらだ。我々の弱まった絆は、技術という手段で補填され、またさらに弱まっていく、もしかしたら、我々の絆はもはや手の中に握られたよれよれの切れ端でしかないのかもしれない。我々は手ずからつなぎあわせる絆を失った、だが今は再び見つめなおすときかもしれない、再び絆をつなぐ努力を始める時かもしれない。あの夢の人はそれを告げようとしたのかもしれない。

平成十年三月二十一日(水)


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公開日:1998.05.04
最終更新日:2001.09.02
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