延命を決める

 生きるべきか死すべきか、それが問題だ。三日後に答を出すといっていた問題に決着をつけました。その報告。

 端的に結論を申しますと延命を決めました。この、いわばずるずると問題解決を先延ばしにするかのような選択に落ち着いたのは、まだ多少の未練があったから、なのだと思っています。未練というのはなんなのか。そこに参加している人との関係であったり、あるいは数ヶ月間、自分の分身として多くの人との関係を取り持ってくれたキャラクターへの愛着もあるのかと思います。いや、決定的だったのは、やはり以前にもいっていた私を繋ぎ止めていた複数の個人であったと、その中でもひとりが大きな役割を担っていたと、そういわざるを得ないと思います。そう、この人と一緒に再チャレンジしてみたいと、そんな風に思った、のかも知れません。

 現在ときめきメモリアルONLINEをめぐる環境は激変しようとしています。ユーザー数の減少は雪崩を打つかのごとく止めどなく、まともな学校追体験をできるような環境が失われるにいたって、ついに学校統合がなされると決定されました。ですが、私はこの話を最初に聞いたとき、正直ずいぶん遅かったと思ったのです。幸い私はにぎやかなクラスに所属することができて、実際あのクラスでなかったら私はベータ終了を待たずにドロップアウトしたかも知れない。いや、そんなことはないでしょう。私はクラスをまたいでいろんな人に聞き込みして回って、どのクラスにもそれぞれの個性があり、よさがあり、ベータの終了しようというとき、このクラスでよかったと思った人の多かったことを知っています。私のとってはそれがT組であったということなのでしょう。

 けれど、ベータが終わって、念願の正式サービスが開始されて、ひと月ほども経つと状況がだんだん変わりつつあることに気付かされて、それはなにかというと、ユーザーの分散化であったのだと思っています。つまり、ベータの時は主にTMOを媒体にして繋がり動いていたユーザーが、他の媒体に流れ出していっているということが目に見えるようになってきたのです。例えば、チャットならばメッセンジャーやIRCの方が遥かに高性能で便利です。基本的に置き手紙や伝言を残すことのできないTMOを補完するかたちでSNSが有効活用され、そしてそうした他メディアへのユーザー分散が、結果的にクラスとしてのまとまりを失わせたと、そのように感じるのです。

 つまり、他媒体で繋がることを好まなかった私には疎外感が残った、ということなのかも知れません。私は、あの大勢の人たちの中で、重要な役割を与えられ演じたあの時であっても、どこか心の中に一抹の寂しさをぬぐうことができなかった。その寂しさの原因は自分にあるということはわかっています。しかし、たとえ原因が私にあったとしても感じる寂しさは本物であり、そしてそれを埋めることはあの場ではできないことに気付いていた。だから私はあの場に顔を出すことをやめた。この寂しさの原因が取り除かれていない以上、延命をしても同じことを繰り返すだけに過ぎないと、その不毛に堪えることができるかどうかが私の最大の問題であり、延命をためらわせた最大の原因だったのです。

 統廃合は十月のいつかにおこなわれます。それがいつかはわかりませんが、その時にはクラスの再編成がおこなわれるでしょう。その時に、私は私の、以前とはまた違った居場所を見つけることができるでしょうか。その成否が、私のTMOにおけるこれからを決定することになろうかと思います。


「ときめきメモリアルONLINE」Geek's Side

公開日:2006.09.22
最終更新日:2006.09.22
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。