MIDI楽器を買えばよかったのでは?

 Macintoshを買ったのは短大の二回生の時。日本橋を端から端まで歩いて、一番安い店で買った。あの時分は、交渉次第で値が下がりおまけもついてくるという風潮がまだ生きていて、買い物としては今よりもずっと楽しかった。そんなころのお話。

 はじめて買ったMacintoshが、非力なPerforma550とは以前にも書いたとおり。学部編入の後にシンセサイザーの授業をとろうと思っての購入だったが、エントリー向けマシンとはいえコンピュータは決して安い買い物ではなく、MIDI楽器どころか、ソフトのひとつも買えない状況が続いた。仕方がないので、コンピュータそのものをかまって遊ぶ日が続いたのだが、そんなときに出会ったMacintosh専門誌、MACLIFEはまさに福音として鳴り響いた。

 忘れもしない 1994年の12月号。付録としてついてきたフロッピーディスクに、Macintoshにシンセサイザー機能を付加するQuickTime2.0と、QuickTimeの機能を最大限に活用するためのユーティリティ、Banana Playerが収録されていた。Banana Playerは秀逸なソフトだった。Apple純正のMIDI Managerを利用することによって、QuickTime2.0のもつソフトウェアMIDI機能を、使い尽くすことができるのだった。
 例えば、シーケンスソフトからBanana Player経由でQuickTimeに接続し、MacintoshをMIDI音源にして遊べるといったふうに。

 これにははまりました。実にはまりましたよ。

 翌月のMACLIFE1995年1月号には脅威のCD-ROMが付録。フリーウェアのシーケンスソフト、MIDI Graphyが収録されていて、これらのツールさえ揃えればMacintoshそのものがMIDI環境へと変化する。MIDIキーボードなどはないから、ピアノロールにマウスで音符をひとつひとつ入力して曲を作る。音質はお世辞にもいいとはいえなくて、スタンダードMIDIの128音色さえ満足にサポートされていなかったが、それでも特別な機器を購入することなしにMIDI環境を手にできるというのは、感動的な体験だった。

 考えれば、一番MIDIを楽しんでいたのは、このQuickTimeでのMIDI時代だった。そもそもソフトウェアMIDIなんて考えもしなかった当初、シーケンスソフトを走らすだけならそれほど速いマシンでなくとも大丈夫と聞いて、非力なほうのPerformaに決めたのだ。しかしそれは誤りだった。QuickTimeのMIDI機能はCPU性能に多くを依存するため、非力なマシンでは同時発音数も少なく音抜けが発生する次第。そんなこんなで、Performa550購入後一年にして、二台目のMacintosh、LC630を購入したのだった。

 はっきりいって、LC630一式を揃えると十万を越えました。そんなに費用をかけてまでMIDI環境を改善したいのなら、MIDI音源を買ったほうがよかったのではないかと思うものの、当時の僕はQuickTimeしか頭の中になかったのだ。

 それからはちまちまとした曲を作っては、ひとり悦に入っていた。それが高じて、曲作りのアルバイトなんかして、マルチメディアソフト制作会社に数小節のジングルめいた曲を作っては、売りにいってたっけ。
 結構、そのバイトは楽しくて、そのバイトで得た収入をMIDI環境につぎ込み、MIDI音源とキーボードを購入。しかし人間というのはおかしなもので、きちんとした環境が整ってからは、一曲も完結した曲を作らないままにいる。

 結局曲売りのバイトは頓挫、僕は学部の四回生で論文作成へと向かっていった。

 ああ、あの一年は、今から思い返しても一番コンピュータを楽しんだ時間だった。マシンも非力で、ソフトウェアを揃えるだけの甲斐性もなかったけれど。あんな時間はもう二度と持てないし、遠くへ来てしまったと寂しく思う。


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公開日:2000.11.22
最終更新日:2001.09.02
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